失敗から学んだ当事者意識。そこには必ず根拠がある
区役所の庁舎の竣工。それが「建設」との出会いでした
大学が文系だったので就活は営業職しかないと思い込んでいました。職種は営業。あとは業界を絞るだけ。そんな“やらされ感”というか“仕方なさ”の中での就活がうまく行くわけがありません。結局、卒業後の4月を過ぎてもアルバイトをしながら就活を続け、入った会社がWEBマーケティングの会社です。ホームページの閲覧数や訪問者数を上げるサービスをテレアポで売る営業なのですが、とても自分にはついて行けない環境でした。
数字!数字!の売上至上主義。目指すところも価値観も働き方も自分とは違う。もう辞めようと思っていた時、「建設」との出会いがありました。豊島区役所の近所のオフィスで仕事をしていたのですが、ちょうどその頃、豊島区役所が改装工事をしていて、日に日に変わっていく庁舎の姿をみており、さらにその竣工式に出くわしたのです。
建物ってこうやって完成するんだ。建物をつくるのってすごいな。そんな思いから、今まで「文系でモノづくりは無理」と決め込んでいた自分に気がついたんです。WEBマーケティングの会社を辞め、アルバイトをしながら転職サイトで「文系からのモノづくり」「未経験からの建築・建設」を探していました。そこで出会ったのがワット・コンサルティングです。
どのような場面に遭遇しても応用できる概念を学ぶ
ワット・コンサルティングに決めたのは、未経験からでも出来そうだったから。しっかり2カ月以上も研修をして現場へ送り出すというスタンスに安心感を覚えました。研修の感想は、とにかく初めての分野(設備)なので「自分、大丈夫か?」という感じです。ずっと文系で来た人が理系の勉強をしているわけです。それでも、わからなければ、とことん先生に質問をして、デキる同期にも質問をして。何とか研修を終えました。
でも最後まで「むずかしいなぁ」という印象でしたね。今から思えば、先生が教えて下さったことは、とても高度なことなんです。現場の所長や副所長クラスの人にも通用する知識。つまり、高度な概念を教えて下さっていたんです。この先、どのような場面に遭遇しても、自分で応用できる概念を、です。
まあ、今から思えば、なんですが…(笑)。現場に出て最初は、「(こんな知識)使わないじゃん!」って思っていました。それに最初って、とにかく「言われたことをやり切る」ことと、わからないことを職人さんや先輩に「訊く」、WEBや資料で「調べる」ことばかりなんです。そもそも言葉がわからない。現場って専門用語だらけなので。言葉の意味を毎日毎日調べていましたね。言葉がわからなければ、仕事にもなりませんから。
「自分がやらなければ誰がやるんだ」という当事者意識
そんな現場デビューから、もうすぐ2年になります。これまでに2つの現場を経験しました。少し慣れてきたかな、と感じるまでに1年くらい掛かりましたね。前の現場と今の現場では任されているレベルも違う。前の現場では写真撮影や雑用ばかり。最後の方で荷受け(搬入)を担当しました。対して、今の現場では躯体工事を任せていただいています。
それでも今の現場も最初は失敗続きでした。周りはどんどん進んでいく。知識もないから何をしたらいいのか分からず職人さん任せ。すると「何やってんだ!」って怒鳴られるわけです。当たり前ですよね。工程をひとつ間違えれば、取り返しのつかない事態に陥るんです。
例えば、スリーブ(貫通孔)を通す前に型枠にコンクリートを流し込んでしまったら、もうスリーブは入れられないわけです。現場監督が“監督放棄”しているのだから怒鳴られたって仕方がない。自分のやっている仕事の責任の大きさを痛感しました。
そんな失敗もしながら、もうすぐ3年目を迎える最近は、少しはマシになったとは思います。自分で工程表をつくり、工事を進めています。失敗ばかりしていた頃は、誰かの組んだ工程表を見ていた。見ていたというより、眺めていた。今は自分で入念に工程をつくっている。建築の工程をみながら、作業がバッティングしたり、設備にとって致命的な工程であれば、「ここ、いつまでだったら大丈夫ですか?」と工程をねじ込む。
何が変わったかというと、ひと言でいえば「当事者意識」なんですよね。「自分がやらなければ誰がやるんだ」という。「自分だったら、こうだ」とか「最善はこうあるべきだ」という意識。そこには必ず根拠があるんです。